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第21話 この時代にいれるなら


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 時刻は午後17:55。

 どの仕事もそうだと思うが、基本は五分前には出勤のカードをスライドする様にしている。その前に、着替えないといけないから、遅くても十分前にはロッカーには入りたい所だ。

「おはようございますー」

 挨拶をしながら、俺は事務所に入った。

「おはようございます」

 事務所だけに、事務的な低いトーンの挨拶が返ってきた。柿本チーフだ。

 チーフは、俺と顔を合わせず、パソコンの前でカタカタとタイピングをしていた。

 相変わらずだなー、この愛想がない感じ。この人、6年後結婚出来たのかな? 俺が大学卒業した時には、彼氏もいなかったっていうのは、酒の席で聞いた事があるけど。

「安藤君」

「は、はいッ」

 失礼な事を頭に思い浮かべていた瞬間に、声を掛けられたので、俺はビクッーと、肩をすくませた。

「昨日、タイムカード押してませんよね?」

「え? タイムカードですか? ……あ」

 そ、そう言えば、俺、久しぶり過ぎて、事務所スルーして、カウンターに入ったんだっけ。そして、色々あってまたカウンターに戻ったから押してねえや。

「退勤も押してないですね」

「そ、そうですね」

 退勤も、すっかり忘れてたわ。

「一体、どうしたのですか?」

「いやー、その……なんか忘れちゃって……」

「しっかりして下さい」

「す、すみません」

「では、私の方から修正しておきます。あと、昨日は、三十分くらい遅刻した届けを紙に書いて提出して下さい」

「お手数おかけします……」

 俺は頭をペコペコ下げながら、ラックにしまってある遅刻届けの用紙を取り出した。

 あー、怖っ。遅刻だけでこのピリついた空気。今日も機嫌悪いんだな。

 ……全く、柿本チーフはポーカーフェイスの癖に気分の浮き沈みが激しいからな。なにこの逆ギャップ。全然、キュンと来ない。胃はキュンしちゃうけど。

 あと、絶対恋人にも「なんで?」、「どうして?」って追求して、追い詰めるタイプだわ。彼氏出来ない筈だよ。

 俺は心の中で愚痴りながら、遅刻届けを記入していった。――まあ、心の中とはいえ、これ以上の愚痴はよしとこ。なんかいつか見破られそうな予感がする。

 に、してもこの遅刻届け書くの面倒臭いなぁ。

「――おはようございますー!」

 ピリついた空気が、その一声で一新された気がした。元気一杯の挨拶に俺は振り返る。

 ――自然と、顔がにやけちまった。

「おはよう」

 響子に俺はそう言った。

「おはようございます。日下部さん。――今日で二日目だね」

「はい! 頑張ります!」

 響子は、車掌さんの様に敬礼を作って元気に返事をした。

 なにそのポーズ~。どんだけ可愛いだよ。俺の心臓の速度を快速にしないでくれ~。

 ……て、やばいやばい。あんまり鼻の下を落としているわけにはいかない。結婚生活ないざ知らず、このあって二日目の状態でそんな様子見せたら、一気に不審者で非常ベルを鳴らされてしまう。

 俺は深呼吸をしたあと、響子に、

「なにか分からない事があったなんでもいってね」

 と、なるべく爽やかに対応した。

「はい! よろしくお願いします」

 響子はそう言ってバックヤードへ戻っていった。今日は、柿本チーフがキッチンでの仕事のOJTだ。

 いやーでも、マジで可愛い! まあ、だってまだこんときの響子、つい先月までは高校生だったもんな。そう考えると、それはそれでいい魅力がある。俺が惚れるのも無理はないってもんだぜ。

 まあ、そんな俺の惚気はいいとして、今日、多分俺、響子話す時間は少ない。彼女だってまだバイトしたばっかりの大変な時期に色々プライベートな事を聞くも気が引けるしなぁ。

 だが、悠長な事も言ってられない。ヤークの話では、天界人達が血眼になって俺達を過去の時間を遡って探している。

 その見えないタイムリミット中で、一刻も早く、和同勝也を止めければならない。

 殺意の理由を探せ。

 ヤークがそう言っていたが……。和同勝也はどうして響子を殺した。

 マスコミは、和同勝也が響子に対して未練を残していたと言っていた。

 確かにあの殺害の状況を考えれば、あの男が別れた響子に対して未練から憎しみに変わって、犯行に及んだと考えるのが妥当な推理だろう。

 でも、それはおかしいんだよな。

 だって、和同勝也と響子は――

 と、腕を組んで考え込む俺に

「よっ!」

 そう声をかけてきたのは夏生だ。

「おう」

「なに難しい顔してーん」

 相変わらず爽やかな男だ。俺も寄っていた眉間の皺が徐々にほぐれていく。

 すると、「あ、なるほどねえ」なんて夏生が何か察した顔をしたのである。

「ん?」

「今日も日下部さんがいたからどうやってアタックするか考えていたろぉ?」

「え、ええっ?」

 ちょっと微妙に当たっているから反応に困るんだよな。俺は、

「んなわけねえだろ」

 そう言って誤魔化した。

「ホントかあ~? ま、なにかあったら相談してくれよ」

「ああ。サンキュな」

 しかし、こいつは良い奴だな。六年後に会社に務めている同僚の三島とは、なんていうかこう幸せオーラっていうか、勝ち組オーラっていうか、なにか人間的に出来が違う様に見えるぜ。

「今日は、圭吾はレジから?」

「ああ。そうだな」

「この曜日は忙しいから頑張ろうぜ」

「おう」

 そっか。そういえば、金曜日とか土日は飲食業だったから忙しいかったんだった。

 未来の俺は土日休みの職場で働いていたからなぁ。なんか損をしている気分になるが……。

 俺は後ろを振り向く。バックヤードからちょうど、キッチンの動きを説明する柿本チーフと、真剣な顔でメモをとる響子の姿か目に入った。

 俺はそんな彼女を見て目を細めて、穏やかに笑う。

 ――週7で働いてもいい。ずっと8時間勤務でも、残業しててもいい。

 響子と同じ時代に入れるのなら。


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