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第20話 一日一回君


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「いやー、終わったなぁ~」

 夕陽が出て、暗くなってきた空の下で俺は、両腕を天に伸ばし、すっかり固まってしまった背中をほぐした。

「随分、お疲れの様だな、安藤圭吾」

 隣にいるヤークがそう言ってきた。

「いやぁ、まさか大学の授業かこんなに苦痛だったとは、思いもしなかったよ」

 社会人なんて絶対になりたくないって思っていたが、実際、興味もない勉強を一日中、机の上で聴かされる学生が地獄だったんだな。別にお金が貰える訳でもないし。

「ふん。少しは成長出来たという事か。安藤圭吾」

「……すっげえ、今更だけど、俺の名前をフルネームで呼ぶなよ。なんか癪に触る」

「断るぞ、安藤圭吾」

 くそ腹立つな。この似非ロシア人ハーフ。

「……まあ、いいや。――あー、とりあえず、なんか食いてなぁ」

 ダラダラ受けていた授業とはいえ、腹は減っている。――よく考えると不思議だ。つい最近までは、精神状態がおかしかったから、胃にモノが受け付けなかったのに。

 若さって事かな。永遠に来ない筈の二十歳の肉体を手に入れて空腹感が増したか?

 そういえば今の俺って、大分身体が細い。細マッチョって程でもないが、無駄な脂肪は、今の方がないのだ。

 6年かけて、徐々に肥えていったか。――幸せ太りってやつかな。

 ふと、響子が作ってくれた手料理が思い出される。

 ――あれに勝るものはないよなぁ。

「安藤圭吾」

 もう、こいつは、俺のフルネームを呼び続けて、舌の根が乾けばいい。と、思いながら、ヤークの方を見た。

「なんだ?」

「今日はこの後、バイトだぞ」

「……え? マジか」

 俺は時刻を見る。……まだ、バイトまでは時間があったので、ホッとした。また、昨日の様に怒られるのは勘弁だからな。

「一日中、勉強してから4、5時間バイト――、ほんと、よくその生活を四年間も出来ていたなー」

 我ながら、関心する。このスケジュールは、まさにブラック労働だ。

 ――でも、響子に会える。

「毎日でも入りたいくらいだ」

 俺がそう呟くと、

「響子は、バイトを毎日入れてないぞ、安藤圭吾」

 と、ヤークが横槍を入れてきた。

「……お前って俺の心読めるの?」

「いや。安藤圭吾を26年も見てくれば、大体の思考回路を読めてくる」

 お前如き造作でもない。……って顔してるのがむかつく。

「ホントかぁ? 天界人なんだから、なんかこう、特殊能力を持っているんじゃないのか?」

 飛翔とかいずれしそう。翼を背中から生やして。

「確かに、私の身体能力は一般の人間には及ばない程、高い力がある」

 そういえば、俺、昨晩、和同勝也に殴りかかろうとした時に、こいつにしっかり止められたんだったな。

「――だがな、他の者は勿論、26年間見てきた安藤圭吾も、私は、心を読んだ事はないのだ」

「え、そうなの? てっきり、ほら、天使と悪魔的なノリで、俺の心に訴えかけて、『ほら、ケーキを食べちゃいな』、『いえ、ダメです。皆に分け与えるのです』の様なやり取りをしているのが、天界人かと思っていたのに」

 ヤークは、フッ、と鼻で笑った後、

「人間の考える事は浅はかだな。自ら下した決断も、見た事がない架空の天使と悪魔で例えて、その責任を押しつけてくるのだからな」

「いや、そこまでは言ってないけど……」

「人の選択はいつだって、他人の決断に委ねられる事はない。必ず、自分自身が決めているのだ。そこに関しては、私達天界人が関与する事はない」

 そこまで言って、ヤークは、一度息を整える。そして、大声で、

「――例え、安藤圭吾が、今日シコろうか、迷っている時も! シコッて気力を奪われて、怠惰な一日を過ごしてしまう事が分かっているからこそ、我慢して、他の労力を自己投資に当てようと思っていたとしてもぉっ! 結局、エロ動画を開いてしまう誘惑もぉ! 安藤圭吾自身が決めている事なのだぁぁぁっ!」

 ビシッィィィと、人差し指を俺に突き出してきやかった。

「やめろぉぉぉッ! なんで、デカい声で叫んでだお前はぁぁぁぁぁっ!」

 周りがざわざわしちゃっているじゃん! ふざけんな! マジで、意味分からん! 何がしたいんだこいつ!

「分かったか。安藤圭吾如きが、私達、天界人の役割を知った風に語るな」

「何、お前。それでちょっとイラってきたの? そんな事で、俺の性事情を公衆の面前で叫んだの?」

「そうだな。一日一回君」

 ――もし天使と悪魔がいるのだが、お前は間違いなく悪魔側だ!。しかも、大魔王クラスの横暴さだ!

「私達は、担当した人間を最後まで見届ける事が役割なのだ。その人が何を決め、どう行動し、どのような結果が生まれ、何を思ったのかを――」

 なんか遠くを見る目で、ヤークは語っているが、結局、天界人は本当にただストーカーという事らしい。

「まあ、お前が人の心を読めないのは分かったよ」

 人の痛み分からなそうだし。俺は、こめかみに手を当てながら、ため息をついた。

「――まあ、でも響子は確か今日はシフト入っている筈だ。学生時代は、常に彼女の動向は把握していたからなぁ」

 フフフと、怪しい笑顔が出てしまった。

「安藤圭吾が休みの日でも、響子が入っている時は、カフェで勉強したいとか言って、響子のバイト終わりまで居座っていたもんな」

「ああ、そうだ。――そして、客がいなくなってから、仕事を少し手伝って、会話の糸口を探っていたなぁ」

「そして、手伝い過ぎて、『安藤君は休みでしょう。控えて下さい。そして、あんなに長い時間居座っていたら他のお客様にご迷惑がかかるでしょう。もっと周りを見て下さい』って、機嫌が悪い時の柿本チーフに怒られてたな。公休でのカフェ勉強はその後、しばらくは控えていたな。安藤圭吾」

「……嫌な記憶を思い出させるなよ。響子がいるすぐそばで説教されたからめっちゃ萎えたぞあんとき」

 こうして自身の行動を顧みてみると、俺も中々のストーカーだった。よく結婚出来たよ――。

「だが、そういった行動は、今後は更に積極的にやるべきかもしれないぞ、安藤圭吾」

 顎に手を当てて、ヤークは、真っ直ぐとこちらを見た。

「積極的に?」

「――とにかく、和同勝也の殺意の正体を見つけないとダメだ。一刻も早く。――その為に、あの《メキコ*カフェ》は響子と唯一、接点がある場所だからな。情報が欲しい」

「情報――」

「私も客としてカフェに行く。とにかく、安藤圭吾は、響子と接点を持って仲良くなっていくのだ」

 ヤークも、ここから本気らしい。目の色が明らかに変わった。

 俺は、力強く頷いた。

 なぁに、俺は、未来の俺は響子と結婚出来ている。仲良くなる事なんて造作でもない。全く、
不本意だが、和同勝也について色々と訊きまくってやるよ。


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