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第16話 大学生活


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「よ、元気か」

「どの口が言っているんだ。精神的に追い込みやがって……」

 ハァ、と俺は、大きなため息をついた。

 ヤークは、ズカズカと俺の部屋に入り込むと俺の狭い四畳半の部屋の真ん中にあるローデスクの前に座っている。そして、興味津々に部屋中を眺めていた。

「いやー、この部屋やっぱり狭いなー。それに臭いし」

「お前……喧嘩売りにきたのか」

 流石の俺も、こめかみに、怒りマークが出てきた。だが、ヤークは、

「いや、私は安藤圭吾を迎えに来たんだよ」

 と、すました顔でそう言った。

「迎え? なんの?」

 また、違う過去に飛ばされるんじゃないかと、俺は一瞬警戒した。だって、こいつ一応、史上最悪の天界人だし。

「大学の授業に決まっているだろ」

 ヤークの予想外の返答に俺は、「へ?」と変な声をあげた。

「おいおい、安藤圭吾は大学生だぞ。そして、今日は一限だ。――あのお前が一番嫌いな情報だぞ」

「情報――」

 今の俺は、20歳。大学二年生。つまり、俺にとっては、6年以上前の記憶だ。暫く脳内を遡っていたら、あ、っと記憶が蘇ってきた。
 情報――。それは、大学二年時、俺が唯一進級が危ぶまれた時に、キーとなっていた授業だった。
 俺は、昔からサボり癖がついていて、いっつも出席日数が足りずに単位がギリギリだったのだ。

 そんな俺が、大して遊ぶ女もいないのに、家でダラダラし続けた結果、情報の単位を落とすと留年が確定する事態にまで追い込まれていた事を、しかも、一回欠席したら終わりというギリギリで知る事になっていたのを思い出した。
 
「――情報――。それは、大学二年時、安藤圭吾が唯一進級が危ぶまれた時に、キーとなっていた授業だった。安藤圭吾は、昔からサボり癖がついていて、いっつも出席日数が足りずに単位がギリギリだったのだ。そんな俺が、大して遊ぶ女もいないのに、家でダラダラし続けた結果、情報の単位を落とすと、留年が確定する事態にまで追い込まれていた事をあと、一回欠席したら終わりというギリギリで知る事になっていた――あの情報だよ」

「ヤーク。長々と、俺の過去を語るな」

 油断も隙もありゃしない。

「んで、その進級に必要な必修科目である情報の授業があるから迎えに来たって事さ」

「ああ、それはわざわざどうも――」

 と、なんとなく、ヤークに礼を言ったその時、俺は、ふと嫌な予感がした。

「俺って、この時点で情報の授業ってあと何回休んだら、単位落とすの?」

「なに言ってんだよ。この時期だったら、安藤圭吾はもう、あと一回欠席したら終わりじゃないか」

「…………一限って何時からだっけ」

「それも忘れたのか。8時45分だろ」

「今何時?」

「8時31分」

「………………………………………………」

 ――その後、俺が身支度に乱舞したのは言うまでない。因みに大学までは徒歩8分で着く距離である。

「はあ、はあ、はあ、はあ、……フュー、フュー、フュー……」

 時刻は、8時45分。俺とヤークは、教室内にいる。――なんとか間に合った。俺は、ぜんそくの様に息をあげた。

「し、死ぬ……」

「ったく、相変わらず、脚が遅いなぁ。安藤圭吾は」

 やれやれとヤークは呆れた顔で俺をみる。俺は、額に汗をビッショリかいているのに、ヤークは涼しげな顔だった。こいつも俺の全力ダッシュについていったが、チラッと横を見ると退屈そう欠伸をしていた。

 流石、天界人――、人間じゃねえわ。

「50メートル走7・8が自己ベストだもんね。肥満型じゃないのに、なんでそんなに遅いんだ」

「はあ、はあ、い……、一々……はあ、俺の誇れない記録を……はあ、はあ、喋るんじゃないよ……」

 息があがって上手く喋れ無かった。こいつ、人に追い打ちかけるのホント好きだよな。なにが天使だばかやろう。

 情報の授業が始まり、数分後――。俺は、ようやく、呼吸を整える事が出来た。そして、教鞭を取る先生に聞こえない様に、ふと湧いた疑問をヤークに訪ねた。

「てか、お前。なんで、俺の隣で授業受けているの?」

「ああ。言って無かったな。私も今日からここの大学に通っている学生になったんだよ」

 
「は?」

「ほら」

 と、ヤークは、何だか、お洒落な赤茶色の財布から学生証を取り出して俺に見せた。この紺色がベースのカードは、まさしくウチの大学のモノだった。

「てか、なんだ、お前のこの顔写真の隣に書いてある名前。『ヤーク・プルシェンコ・弓弦』って」

「それは、私の戸籍上の名前だ。私のルックスは、かなり日本人離れしているイケメンと呼ばれるものだからな。色白って事もあるからロシア人のハーフって事にして、故郷であるモスクワから離れて日本に留学している学生という設定でいるのだ」

 なんか、めちゃくちゃな事言っているが、とりあえず、イケメンなのが、イラッときた。

 てか、お前、絶対、名前考えた時、スケート観ていただろ。めちゃくちゃ、フリーで高得点取りそうな名前だ。

「とにかく、私と安藤圭吾は、同い年で、一年の頃からの親友って事で、周りには通っている」

「し、親友? 俺の大学時代の友達の鈴木と、茂樹は? あいつらどこにもいないな」

 そう言って、俺は辺りを見渡す。おかしいな、あいつらも情報はとっていた筈。

「ああ、あの鈴木悠人と、間茂樹か。あの、地元も一緒で、凄く仲が良いけど、お前との親密度は微妙だったあの二人か。彼等が安藤圭吾の近くにいると俺が色々動き辛かったから、安藤圭吾とは出会わないようにしておいたからな」

「お、おまっ! 俺の過去の人間関係になんて事してやがる! いくらなんでもやり過ぎだろ!」

「別にいいだろ。よく、あの二人は、休日にアウトレットモールとか行っていたけど、安藤圭吾は誘われていなかったくらいの関係なんだろう」

 う。確かに。あの二人は家も近いから、よく遊んでいたな。物凄い疎外感があったなぁ。俺はあいつらの地元から遠いから、ホント、学校でつるむだけっていう関係だったし。

「結婚式も鈴木悠人と間茂樹は呼んでいないから、もういいだろ」

「いいだろって――、むちゃくちゃしやがって。てか、そういうのって、俺の未来めちゃくちゃ変わっちまうんじゃないのかよ? 悠人と茂樹は――、まあ、そんな長年一緒にいる友達程の関係にはなれなかったけど、あいつらと出会っていた事による、俺の未来が、今とはなくなってしまって――……って、なんだか、自分で言っている事が訳分からなくなってきた……」

「安心しろ。なんとかなる」

「なんとかって、……なにすんだよ」

「この説明を安藤圭吾にしても理解出来ないから、気にするな」

「お前、説明がめんどくさいだけだろ……」

 もう、いいけどさ。俺理解力無いし。でも、なんかヤバイ方向に進んでいる気がする。俺の人生も。

「ま、仕方ない。私が最も協力出来る体制がこれだからな」

「これって――、お前が俺の親友として在学する事にか?」

 ヤークの顔は黒板の方を向いていた。一応、授業受けてるふりをているようだ。

「そうだ。安藤圭吾に関わった人間関係――みんな洗った。鈴木悠人や、間茂樹の記憶。彼等の家族や、その近所にいた赤の他人から全部。全て、私が存在する事に違和感がないように記憶や事象を調節した。その関与人数は数十億人を超える」

「す、数十億――」

 よく分からないが、ヤークの口から途方にくれるような数が飛び出した。

 どうやら、タイムスリップというのは、俺が想像する以上に大変な作業らしい。

 ヤークがどうやって、過去を遡ったのか、どうやって人々の記憶を変えたのか。その方法を聞くのは、やはり無駄な事だろう。確かに、理解出来そうもない気がする。

「お前――、実は更に罪を重ねてないか」

 いい加減、心配になってきた。大学で単位が足らずに留年リーチを賭けているバカな俺でも、
ヤークの状況はかなり、リスクを追っている行動なのは分かっている。

 ただ、ヤークは、

「別にたいした事じゃない」

 と、あっけんからんとしていた。

 口の悪いやつだと、俺は思っていたが、それ以上に俺に対しての思いやり? みたいなのに戸惑いを俺は隠せないでいた。

「どうして、そこまで、俺の為に動いてくれるんだ……」

 ヤークは、俺の顔を向いた。少し、ため息をついた後、

「何度も、言わせるな。私が安藤圭吾の担当だからだ。それ以外ない」

 と、それだけ言うと、前を向いた。

 俺は、そんなヤークを見て、これ以上、理由を聞くのはやめようと決めた。

 ヤークの言葉に嘘はない。それだけは分かる。そして、俺はこの知り合ってまだ二日と経たない他人に家族以上の何か強い繋がりを感じている。

 それは、多分、ヤーク自身になにか大きなメリットとがあるとか、俺に借りを作りたいとか、そんな邪な考えがある様には見えなかった。
 
 欲深い人間には分からない境地から、ヤークは俺に手を差し伸べている。――ような気がすると、柄にもなく思ってしまった。

 ヤークは、多分、ただ。俺の担当として、俺の痛みを知り、全てを投げやって、俺の隣にいる。……そんな気がする。

 ――俺はただ、その手を黙って掴めばいいだけだ。こいつは天界人にとっても、恐らく人類にとっても、史上最悪なんだろうが、――俺の最大の味方なのだ。

 ありがとう、ヤーク。

 心の中で、俺は改めて礼を言った。
 


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