どこからか、お経が流れている。
俺や、周りの人達は喪服だった。
俺は何か、マイクの前で、親戚や、響子の友達や、会社の同僚や、俺の友達の前で、喋っているが、自分が一体何を言っているのか分からない。
ただ、俺の目の前には、二つの棺に囲まれる白い花と、響子と真波の遺影がある。
そして、俺は響子の両親と会って、ひたすら、泣きながら、
「ごめんなさい。本当に申し訳ありません。俺がいながら。俺が……いながら……」
ただ許しを請うていた。
大事な娘さんを、俺にくれた。夫として、父として、家族の主人として一生守るって誓ったのに。娘すら、その大事な二人の命を守れなかった。
「すみませんでした。…すみません……でした」
響子のお父さんの、幹久さんは、ただ、
「君は悪くないだろ!」
と、俺を抱きしめてくれた。
響子のお母さんの定子さんも、俺の肩にそっと手を置いて、
「圭吾君、自分をどうか責めないで…」
と、声をかけてくれた。
無愛想で、怖い顔の響子のお父さんの幹久そん。でも、接すれば接する程、優しい人だった。初孫を見た時の嬉しいそうな顔は忘れられない。
響子のお母さんも、響子ににて美人の人だった。いつも、ニコニコと、家に遊びに行った時はよくご馳走してくれた。
そんな二人の……かけがないの無い、娘と孫。。
たった一人っ子の娘。たった一人の初孫。
守れなかった。
幹久さんの震える肩と涙。定子さんの泣きずれた顔と嗚咽。
俺は、二人にそう声をかけてもらっても、ただ申し訳ない気持ちが大きかった。
俺が死ねば良かったのに。
俺が二人の代わりに死ねば、こんな悲しみを一生背負わせる筈も無かったのに……。
悔しさで、唇を噛んでいた。
火葬される最後の瞬間、俺は、二人の棺の前に立った。
綺麗な花の上で、二人は静かに目を閉じている。
あの取調室で見た、青白くなっていた顔には死化粧のお陰が、正気が宿っている様に安らかだった。
だから、こそ、本当に眠っている様に見えた。
「起きて。起きてよ。響子、真波」
そう呼びかけるも返事は無い。
「いかないでくれ。俺を一人にしないでくれ。俺は……君達がいないと………生きていけないんだよ………」
最後は棺に顔をつっ伏せた。
でも、その棺が開く事は二度と無い。
火葬場には参加しなかった。骨上げも。
二人の肉体が、この世から骨だけを残して無くなる。
夫だというのに、父だというのに、それを見送る事が出来なかった。
俺だけ、部屋の外のベンチで、抜け殻の様に座っていた。
そして、
「いやあああああああああ! 燃やさないで……、燃やさないでよぉ……。響子……響子ぉ……! 響子……。真波ちゃん……真波ちゃぁん……」
響子のお母さん、定子さんの痛々しい悲鳴が聞こえて、俺は耳を塞いだ。
○
「はっ! ――はあ、はあ、はあ……」
身体が熱い。嫌な汗が全身をびっしょりにした。
俺は、ベットの上にいる。
「そうか――、俺は過去に戻っていたんだった――」
学生時代に住んでいた、木造建築の安いマンションの独特の匂いがした。
「全く、二日目早々嫌な夢を見ちまっ――」
それ言葉を止める。いや、厳密にはあれは、夢じゃない。
あの、悪夢は……確かに俺が経験した事だ。事件から三日後にした、あの葬式の――,二人の最後の別れ。
「――夢じゃないんだな」
俺は、掛け布団を頭まで覆って、身を小さくした。身体が少し震えている。
嫌だ――。このまま、お別れなんて――、絶対に。
そう思った、その時である。
ピンポーン。
部屋に、インターホンのチャイムが轟いた。
懐かしい。鈍い金で叩いた様なとぼけた音だ。
俺は布団の上から動かず、玄関に向かう事も無かった。
この時代、連絡手段は、スマホで十分。家に置く電話もいらない。つまり、この家の前で訪ねてくるやつは、なんかの勧誘であるのは明白。
よって居留守がベスト。
めんどくさい事は事前に避ける。それが、俺のチャイムの対策だった。
だが、
ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン。
アホみたいに連打して来やがった。なんだよ、一体、こんなしつこい奴は初めてだぞ。
怒りに任せて、警察に通報でもしてやろうかと、思った事が、
「おーい! 安藤圭吾ー! 直ちに出てこいーー」
と、聞き覚えのある声が、ドアの外から聞こえてきた。
この声……ヤーク?
「無駄な抵抗はやめて大人しく出なさーい! 安藤圭吾が、インターホンに対して居留守を使う事なんて当たり前に知っているぞー」
おま――、声デカッ! なんで立てこもり犯に説得する交渉人みたいな感じで言っているんだ。近隣住民の皆様にご迷惑が掛かるだろうが!
「あと、5秒以内に出ないと…………」
出ないと?
「お前の恥ずかしい秘密を近隣住民の皆様にご静聴して貰いまーす。はい、5――」
「ふざけなんなぁーーーーー!」
俺はベットから飛び上がると、猛ダッシュでドアへ向かった。
「く、くそ。このバカデカい鏡邪魔……!」
「4、3、2、1――」
あの野郎……! カウント早めやがった! 俺はスルスルと鏡を抜けて走る。
「0ー! はい、安藤圭吾は、仮性――」
「ちょっと待て、コラぁぁぁ!」
ドアを引くと、ヤークが、両手をメガホンの形を作って立っていた。そして、俺をしっかり眼に捉えて、一瞬の間が開いた。
「包茎ーーーー!」
「いうなぁぁぁぁぁぁぁ!」
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