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第14話 圭吾の天使


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「て、天使……? お前が?」

「そうだ」

 ふざけるなぁ!

 ――と、叫びたいところだが、今、俺は確かに、俺自身が辿っていた過去に遡って、今ここにタイムスリップをしている。この現象はなんだろうか。
 
 勿論、ここが夢の可能性も否定はできないが、少なくともどんなに腕をつねっても目が覚める事はないという事実を踏まえても、今ある現実は間違いなく本物なんだろう思わざるをえない。

 となると、このヤークが天使だと言うこともある一定の真実性を帯びているような気がしてならなくて、ひとまず言葉を飲み込んだ。

「………じゃあ、俺と全く同じ時間、響子と真波を見てきたっていうのはどういうことなんだ?」

「それこそ天界人の仕事だからだよ」

「それこそどういう事なんだよ」

「天界人っていうのは、それぞれ地球人に一人一人に担当をついて、その者の顛末を観察するのだ」

「観察? 観察ってなんだよ」

「天界から、地上を見下ろして、お前の人生を1秒を逃さずに観察してきたって事だよ」

 いや、ますます意味わかんないよ……。

「ど、どうしてそんなストーカーみたいな事をしてんだよ……」

「ストーカーとは心外だ。我々は、人間達を終始観察し、その結果を神に報告するという責務がある」

 ヤークが腕を組んで、若干不服そうな顔をした。

「か、神に報告してどうするっていうんだよ」

「どうもしない」

「え?」

「それこそ神のみぞ知る、だ。安藤圭吾。君は、高校では、数学は必ず赤点で、大学でも2年と、3年という時期に、単位落として、大学教授に必死に頼み込んでいたといたくらい『優秀』なお前には理解する事は出来ないだろ」

「お、おまっ! なんで、そんな事を知っているんだよ!」

 ちょっと、皮肉を言われたし!

「知ってるさ。全て。お前が初めて好きになった出席番号で前の席だった6年5組の安西さん」

 え? それ、小学生の時の友達にも言っていないし、本人でも告白しなかったからマジで誰も知らない筈なんだけど。

「お前がコンビニで、チョコボール買おうとした時に、丁度、発売日だった週刊誌を立ち読みして、読み終わった時に、レジに行くのを忘れて、結果的に万引きしてしまった、中一の春」

 げ! 俺の清廉潔白な人生の中で唯一の犯罪歴――! 既に時効は成立している筈……。

「中二の時に、自宅にあったパソコンから、親のいない時間を見計らって、マニアックなSMのエロ動画の検索履歴が、親にバレて、めちゃくちゃ説教を受けた事とかあとは――」

「も、もういいから! いいから! わかったあから!」

「どうだ。全て事実だろう」

「……全て事実だよ」

「しかし、お前のドM性癖の出発点はまさにここからだったな!」

 グッ、とヤークは親指を立てた。

「もうマジで黙れよ……」

 いい加減殴りたくなってきた。が、俺は堪えた。

「……全て分かっている事さ」

「うん?」
 
「……お前が初めて響子と付き合えて、有頂天なほど喜んでいたことも」

「有頂天って――」

「デートの時、彼女におごるためにバイトのシフトをたくさん入れていた事も」

「……週6は死んだけどな」

「プロポーズの言葉や、演出を考えて、……結局、色んなトラブルがあって上手くいかなったが、OK貰えた事もな」

「ああ。まあ、ただ単純に緊張してただけなんだけどな」
 
「そのガチガチに緊張のまま、響子の両親に挨拶にしに行ったことも、妊娠が分かり、そこから父親の自覚を持ち始めた事も、無事に産まれて泣いていた事も……な」

「……………………」

 ヤークの口からは、まさに俺の輝かしい人生の物語が流れていた。

 そんな彼の一言一言から、ポツポツと、その時の情景が蘇ってくる。まるでストーリーテラーのようだ。

「――二人を失った悲しみも世界の全てが真っ黒に塗りつぶされたあの瞬間も」

 ヤークも、その言葉を言う時だけは悲しい声色だった。

 俺の暖かい記憶に冷たい墨が降りかかったかのように、響子と真波のあの、青ざめた最後が思い出されて、俺に奈落へ突き落とされたかの様な耐え難い絶望が襲いかかってきた。

「好奇の目を向ける世間。被害者家族の夫として気を遣われる周りの空気。その全てが煩わしかった」

 それも……、俺だけの中で胸に留めていたものだった。

「全て分かっているさ。俺は、安藤圭吾の担当天界人だから」

 しばらく無言の後俺は、「ヤーク」と名を呼んだ。

「どうしてお前は俺を過去に戻してくれたんだ?」

「……………………」

「よくわかんないんだけどさ、天界人なんて存在は、俺たちの世界では認知されてないことなんだよ。――って事は本当は俺とお前ってこうして対面することってよくないんじゃないのか?」

「へえ、お前にしてはなかなか鋭い推理だな。名探偵コ◯ンの犯人いっつも当てられないくせに。あ、でも、TVスペシャルの時は、トリックは分かっていたけど、肝心の凶器は大外れだったな」

「う、うるさいな」

 どのTVスペシャルの事を言っているんだよ。

「――お前の言う通り、天界人と地球人とが対面したのは、俺が人類史始まって以来だろう」

「……え」

「更に、その担当の地球人を、過去に戻し、俺自身も人間となり、人々の記憶を改ざんし、国籍を得て前の過去に関与している」

「……え、え」

「……すべての人間には必ず天界人が担当している。お前が今いるこの時代では生まれてくるものもいれば死んでしまったものもいる。その者たちの時間も遡らせていると考えると、俺がした事は、おそらく100や200億人じゃ済まないくらい、天界人、地球人に『迷惑』をかけていると言ってもいい」

「……え、え、え」

「文字通り、前代未聞。俺は、史上最悪の天界人かもしれないな」

 ……チョットコレダイジョウブ?よくわからないけど、ヤークがヤバイことをしていたのはなんとなく把握出来た。

「い、いいのか? そんなことをして」
 
 今になって俺は聞くも、ヤークは、いいんだと、アッサリしていた。

「俺はお前の担当だ。担当していた地球人が、絶望の淵に立たされているんだ。……それを見過ごすわけにはいかない。俺がこうしてお前の前に舞い降りたのはそれが理由だ」

「……………」

 俺の胸には何かこみ上げるものがあった。そしてそれを我慢することが出来ずに溢れ出した。

「響子と、真波は……本当に戻ってくるのか」

「戻ってくる。その為に今、俺たちはここにいるんだろ」

 力強いその言葉に、俺は不覚にも涙が流れた。

 あの二人が……戻ってくる。

 俺は涙を拭うと、ヤークが手を差し伸ばした。

 俺は、彼の手を強く握った。

「やるぞ。安藤圭吾」

「ああ! ヤーク!」

 俺の心に僅かに光が灯った。
 
 もう、俺はその光にすがるしかない。何も考えずに、ただ愚直に。

 一片の疑いもなく、突っ切るしかない。

 これでいい。

 ヤークは心の中で、そう自分を納得させ、自分を正当化させた。

 天界の掟を破った。

 自分も、こうして安藤圭吾をどんな手を使ってでも、救いたいと思っていたんだ。自分がした事は、他の天界人が担当している人間に多大な影響を与えてしまっている。

 人間界には、天国と地獄の世界観があるそうだが、それを当てはめるのなら自分は間違いなく、地獄に落ちてもおかしくないとも思う。

 それくらい、時空を操り、人が生きた生涯にやり直しを強要させるという罪深い事である。

 ……が、これでいい。

 人間社会というのは、避けようもない、残酷の運命を目の当たりにする人達がいる。

 特に今回の場合はひどい。
 なんの落ち目もない、響子と、まだ2歳の真波が刺し殺された。

 その痛み、恐怖。どれほどのものだったろうか。

 愛しい二人を失った。安藤圭吾の絶望も推し量るのも憚れる。

 安藤圭吾の担当になってから、彼をひたすら見続けたヤークには、それが痛い程分かった。

 彼の担当として、ヤークは自身がしてやれる事をしてやろうと思っていた。

 そもそも、ヤークはこの地上界で溢れている不条理をずっと疑問に持っていた。

 なぜ、過酷な運命を善人は背負わなければいけないのか。

 善行をしようが、悪行を働こうが、人間に公平のそういった天罰の様な鉄槌が下る事がある。

 ヤークには、それが許す事が出来ない。だから、迷わなかった。

 たとえ、天界を追われる事になっても、どんな処罰を受けようとも。安藤圭吾の大切な二人を取り戻し、またあの、幸せな日常を送らせる。

 それこそが、自分の使命だと彼は信じていた。

 自らも、地上に降り、安藤圭吾と対面し、今、こうして、彼と手を握り合っている。

 ひょっとしたら、自分は、安藤圭吾に犯罪の片棒を担がせてしまっているのではないかと、過ぎったが、安藤圭吾の涙を見た。

 やはり、これでよかったのだと、思うようにした。

 大丈夫だ。安藤圭吾は、二人の為ならなんでもする。

 自分はそれを手伝えばいい。

 何百億の人間や天界人に迷惑をかけようとも、不条理な現実に、時を遡って抗う事は、誰にも止める権利はない筈だ。

 ヤークの握手には、そんな覚悟があったのを安藤圭吾は知らないのである。


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