195 pv                 

第10話 メキコ


<前へ  目次  次へ>

 息をぜえぜえと切らしながらしながら、俺はなんとかバイト先へ到着した。

 駐車スペースがあり、テラス席もある、メキシコ料理と、中南米産のコーヒーが楽しめる大型店舗。
 この《メキコ*カフェ》が、俺が昔、務めていたところだ。

 丸い緑の背景に、褐色の肌で、黒髭を生やし男が、白いコック服を身にまとっている料理をしているロゴが特徴で、メキシコ国旗の色を表しているそうだ。

 ちなみに、俺はメキシコ料理は別に好きでも嫌いでも無かったが、単に家から徒歩で通えるという事と、カフェでバイトすれば、女の子からの印象が良くなるかもしれないという、モテバイトの権威に憧れて、思い切って決断の元、面接を受けた結果見事に合格した経緯がある。

 俺はホール&レジ担当だったので、メキシコ料理は全く作れないが、随分、料理名のボキャブラリーは増えた。

 それが、就活に何か役立ったといえば微妙なところだが、無事、社会人にはなった。

 ま、そんな事はどうでもいい。とりあえず、俺は裏口に行った。パスワード式の扉、ここに5桁の数字を打ち込めば中に入れる。

 ………………………………………って、あ!

『はぁ? 暗証番号を忘れた?』

「す、すみません……」

『全く……頼みますよ、もう一年経つのですから。今日は、新しい子も入ってきているのですよ。安藤君に指導を任せて貰おうとしていましたのに、これでは不安ですね』

「も、申し訳ありません……」

『……29014。にくおいしい、です。早く入って着替えて下さい』

 あー、そうだ。それだ、それ。記憶が今、蘇ったよ。もう、昔のパスワードなんて覚えてないよ~。しかも、この店、年に一回パスワード変えてるから尚更だって…。

「あ、ありがとうございます! 今、入ります! 失礼します!」

 俺をそう言って電話を切った。

 パスワードを入力し、ドアが開いた。

「おはようございます」

 と、挨拶をする。その後、ロッカーでユニフォームに着替えた。

 緑のエプロンに、ボタンの白いワイシャツ、黒のチノパンに、赤いキャップ。

 なんか、とにかくメキシコ感を詰め込んだ独特のユニフォーム。
 
 このセンスは賛否両論だ。ちなみに俺はカッコイイと思っている。

「変わらないなぁ。このユニフォームも。いや、過去だから変わってないのは当たり前か。 ……てか、過去なのか? 本当に」

 未だに解決されない疑問だが、俺はホールへ飛び出した。

 客席は、中学生や、高校生といった学生で一杯になっていた。ガヤガヤと、若き十代が周りを顧みずにおしゃべりをする。もっとも賑やかな時間だ。

 俺は、お客さん「いらっしゃいませー」と小さく会釈をしながら、カウンターに向かっていった。

 ああ、このバイト開始直後の見知らぬ人と会うという憂鬱感も久方ぶりだ。

 そこには既にお客様の行列ができており、レジや裏の厨房はお祭り騒ぎだった。

「お、お疲れ様です」

 俺は挨拶をしながらカウンターの中に入った。

「遅いよ。安藤」

 そう俺に言ってきたのは斉藤さんだった。
 
 年齢は30歳、やや太り気味の男。このカフェで長い間働いているベテランだ。

 うわ、この人も懐かしいな。

「す、すみません」

「しっかりしろよなぁ。もうー」

 斉藤さんは、露骨にため息をついた。

 俺は心の中で舌打ちをした。

 横柄でやたら声だけがでかくて、忙しいとものすごく不機嫌になり、なぜか途中で仕事を抜け出してどっかに行く。

 どうしようもない奴なのを、俺は知っていたからだ。

 はっきりって俺はこいつのことが嫌いだ。というか斉藤さんはみんなに嫌われていた。

 もう二度と顔を見たいと思っていたんだが、不本意な形で対面をしてしまった。

 まあ、いい。
 
 こいつは、近い将来このバイトを辞める運命にいる。
 
 原因は忘れたけど、チーフの柿本さんと大喧嘩をして、いろんな協議の結果、斉藤さんは実質クビの宣告をされてしまうのだ。

 いい気味だ。

「安藤! 早くっ!」

「は、はい!」

 久々に声聞いたけどデカイし、妙に甲高いしで、不愉快極まりないが、我慢だ。

「よ、お疲れ。今日シフト言ってたの忘れてたの?」

 斉藤さんとは打って変わって優しい声色の男が俺の肩をポンと叩いてきた。

 振り向いて俺は、

「おお、来夏! 久しぶ……じゃなくて、そう。シフトすっかり忘れていたんだよ」

 と、口を滑らせそうになったが、なんとか誤魔化した。

 内村来夏。漢字で見ると女みたいな名前だ。俺と同い年で彼の方が1年早く、高校3年生の時からこのカフェで働いている。

 顔は優しそうな顔で、長身。確か180センチあるって言ってた。羨ましい。

 とにかくいい奴で、お客さんからの評判もダントツで1番いい。あと唯一斉藤さんを嫌っていない人間でもある。この時点でかなり懐のデカさが伝わる。

「まぁでもすぐ来てくれて助かったよ。遅れた分取り返せよ〜」

 来夏は笑いながら俺の胸を軽く小突いた。人の失敗を咎めない。相変わらずいい奴だな。

「おう!」

 俺はきっと嬉しそうな顔で返事をしたに違いない。実は来夏も、このバイトを俺より早く止める運命である。
 
 ……彼と俺は大学が違う。俺はこのカフェの近くのF大学を通っているのだが、来夏は、さらに遠くの場所にある、偏差値が高い大学に通っているのだ。
 
 その優秀さも相まってか在学中にアメリカへの留学を決意しそれを機に長年勤めていたバイトも卒業したと言う形をとった。

まったく……同じ退職でも、斉藤さんとは天と地との差があるな。

来夏とは彼自身の送別会以来、めっきり合わなくなり、連絡も取り合っていないので何をしてるのかわからないが、きっと、俺なんかよりも多大な社会貢献をしているに違いない。

妙な形であるがこうして再会できた事はなんだか嬉しい。

「あ! そうだ」

来夏は意味ありげな笑顔見せると俺の肩を寄せた。そして小さな声で、

「今日、新しい子が入ったんだけど」

「あーなんかチーフから聞いたよ」

「女の子だったけどさぁ……結構かわいいよ」

にしし、と来夏は意味ありげに白い歯を見せた。

……その瞬間。

俺の頭の片隅にある記憶に電撃が走った。

新入りの……子………。

「俺達よりも、一つ歳下だ。OJTはお前がやれってよ。良かったな」
と、来夏は茶化してからレジへ戻った。



<前へ  目次  次へ>


↓この話が良かったら、面白かった!を押して下さい。また感想もコメント欄にてお待ちしております!

                               

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。