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第6話 夢だけ


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「――――圭吾。――――圭吾!」

 ひだまりが窓から差し込む。名前を呼ばれた俺は――寝たふりをしていた。

「おーーい。起きなさーい」

 バシッと軽く頬に柔らかな刺激が送られる。

「いてっ」

 と、俺は笑いながら薄目を開けた。

 陽だまりの中の響子の笑顔はより一層輝いているように見えた。

「なに、寝たふりしてるのよ」

「バレたか」

「いつも通りじゃん」

 俺のからかいパターンは決まっている。ま、些細なちょっかいだけど。

「仕事いきなさい」

「まだねむーい」

 と、俺は、知人には見られたら気色悪がられる事間違い、甘えた声を出しながら響子に抱きついた。

「うがー」

「うわー」

 俺はそのまま響子をベットに引きずり落とした。

「響子も寝なよ」

「バカ言わないでよね」

 ベットの上で、俺と響子は向かい合う。彼女の黒い艶やかなロングヘアーが、顔と、白いシーツカバーの上で広がる。髪から微かにシャンプーが香る。

 この匂いが大好きだ。

 俺は、響子の顔にかかった後ろ髪を優しくかき分けてあげる。すっぴんノーメイクの顔が現れた。

 響子は、多分、女性の中でも、メイクが上手い方だと思う。

 まあ、俺にはそこら辺のテクニックはよくわからないが、ON、OFFのON状態の彼女は、紛れもなく美人に化ける。

 でも、化粧をしていない垢抜けた彼女の顔も可愛い。

 ほんと付き合ってなかったら、こんな姿一生見れる事はなかったんだろうな。

「なに、ニヤニヤしているのよ」

「響子だって」

 朗らかで、ささやかな朝の幸せ。

 生きる喜びを噛み締める瞬間。

 ふと、

 なにか、おかしい事に気付く。

 これは、昔、俺が一人暮らししていた部屋だからだ。

 ああ、そうか。

 これは、夢。

 そうと分かれば、胸に疼痛が走る。視界がぼやけて、やがて暗くなる。

 響子………

 ――目を開けると、そこには、実家の俺の部屋の天井。

 空は晴れているのに、冷たいモノクロのようだ。

 響子と、真波がいない。

 その現実を知らしめているような、残酷な世界。

 スマホを見ると、時刻は9時を回っていた。

 昨日、いつ寝たか、覚えていないが、そんなに熟睡は出来なかったと思う。家にずっといるのに、身体は鉛の様に怠い。

 俺の部屋は2階だ。階段を降りて1階にあるリビングへ行く。
父と母はそこにはいなかった。共働きしている二人はすでに仕事に行っているのであろう。

 ……響子に会わせたとき。驚いてくれたっけ。

 ……真波を見せたとき、喜んでくれたっけ。

 ……覚えているなぁ。父と母のはしゃぎよう。

 その時、どうしようもない罪悪が胸にわだかまった。

 俺が、こんなんだからか、父と母は、あまり俺に涙を見せない。

 ただ、俺の心が落ち着くまで、そっとしてくれているようだ。

 有難い。

 確かに、今は、どんな声をかけて貰うのも、煩わしく思ってしまう。

 机の上には卵焼きだけラップにかけて置いてあった。

 炊飯器にはご飯。コンロの上の鍋には味噌汁が入っていた。

 あの事件から2週間が経過している。

 この頃になると、俺はようやく、母が作ってくれた手料理を口にすることができるようになっていた。

 よく考えれば、結婚してからは、親戚の集まりでしか母の手料理は食べなくなっていた。

 コンロに火をつけて味噌汁を沸騰させる。

 ある程度湯気が出たらお玉ですくって茶碗に入れた。

 そして、ご飯と並べる。安藤家の簡単朝食だ。

「いただきます」

 リビングで1人小さな声で俺は挨拶をした。

 数年前の俺じゃ、食べる前にこんな所作をする習慣はなかった。

 ただ、真波が生まれてから父親らしくそして日本人らしく、思いやりと挨拶が出来るような女の子になってほしいと思ったから、こういった挨拶を徹底するようになった。

 そして、母の味を堪能した

 うまい。

 でも。

 なんだか味がしない気がする。

 別に母の料理センスを批判しているわけじゃない。

 俺の今の精神状態じゃ料理を楽しめないだけだ。

「響子の手料理……食いてえな……」

 世界中――どんなに、探しても。どんな大金積まれても、

 もう、二度と食えない。

 ああ。ダメだ。

 俺は、受け入れられない。

 俺の日常一つ一つに、響子と真波の存在がいる。

 その度に、受けれ難い別れに、心が抉られそうだ。

 どこに彼女達はいるんだ。

 どうすれば、会えるのか。

 ……俺も死ねば、会えるのか。

 ああ。

 死にたい。

 箸を置いて、俺はうなだれた。

 生まれて初めて、自殺を考えている。

 響子、真波……

 俺は、結局朝食は半分ほどしか食べれなかった。

 重い体を動かして再びベッドの上に倒れ込んだ。

 悲しい。

 何が悲しいかって、二人を思い出すのが、辛いと思っている事が悲しい。

 大切な、かけがないないものなのに。

 涙が、また出てくる。

 俺の目は、止めどなく流れてくる涙で真っ赤になっている。

 最近はそれが染みて痛みすら覚える。

 でも、胸に槍で貫かれて、血が溢れ出ているような心の痛みと比べたらそれは気にならない。

 ……ある程度、泣いたら、ちょっと胸が晴れた様な気がして、俺は目を閉じた。

 二人に会える方法。

 それは夢の中だけだったからだ。


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