「見てられない」
ここに安藤圭吾の様子を、『天界』から見下ろしている者がいる。
「こんな不条理絶対に許さない」
白い髪に白い肌、そして服装も何やら白いワンピースのようなものを着ている。
その顔形は人間だが、どこか淡い光をともったような神々しさをその者には感じる。
彼の名前は、いや、この者には性別と言う概念はない。だがその造形は男に近いだろう。
その彼の名前はヤーク。
「どうした、ヤーク」
そんな彼に話しかけたのは白い髭を生やし小太りをしたおじさんだ。彼の……厳密に言えば、この者も『性別が無い』が、名はマスコという。
「おや、地上を覗いているのかい。どれどれ……」
マスコは、この展開の雲のような地にぽっかりと大きな穴が開いてある黒い湖を覗いた。
これこそがこの天界から地上つまり安藤圭吾たちが住む世界を覗き見ることができるのだ。
「おや、安藤圭吾、日本人。ヤークの担当者じゃないか。……んん、なになに………ええ!
こりゃ……」
マスコの顔つきがだんだんにがにがしくそして落ち込んだように暗くなっていった。
「ああ……、なんて事だ。君の担当である安藤圭吾は、一晩で大切な妻と娘を亡くしてしまったのか……気の毒に……」
がっくしと、マスコは肩を落とした。
「安藤圭吾も、悲惨な運命をこれから背負うことになるんだね。ヤーク、君にも同情するよ」
マスコは、ヤークの肩に手を置いた。マスコからすればヤークはかわいい後輩だ。また現世の人間を担当するのも、今回、この安藤圭吾が初めてだ。
つまり、初仕事にして実に難しい任務に彼は直面したと言うことだ。
悲しいだろうし、これからの彼の職務も大変になるだろう。そう思って、マスコはヤークに寄り添おうとした行動だった。
しかし、ヤークの表情を見て、マスコはぎょっとする。
ヤークの顔は、プレッシャーに臆してるわけでもなければ、悲しみに暮れているわけでもなかった。
そこには、天界人として、職務をしてる者の顔には見えない、憎悪にも似た怒りの表情だった。
白く、美しいヤークの顔が悪魔の形相にも見える。
そして、
「許せない」
と、呟いた。
「……ヤーク?」
「和同勝也の担当は誰だ」
「は?」
「クズ野郎を担当した奴に会いに行く」
怒りのままヤークは、雲の上をズカズカと歩き出した、それを見たマスコは、血相変えてヤークの両肩をガッシリと抑えた。
「バ、バカ! なに考えているんだよっ!」
「はあ?」
「同じ時代の天界人同士の接触、面談は御法度だぞっ! そんなの常識でしょ!」
「でも、《法律》では決められてない」
「そんな屁理屈の話じゃない! マナーの話だ! 新入りが、天界人同士の秩序を乱しにかかるな!」
マスコは優しい。そんなマスコが本気で止めているところをみると、ヤークの行動がいかにとんでもないことかが分かる。
「ふざけんなっ! 男の幸せの真っ盛りに、あんな、不条理な別れあるかよっ! 頭にくる以前の話だ! 文句の一つでも言いたくなるだろ!」
ヤークは、マスコと比べてと、一回り大きい。地上界の常識なら単純な押し合い引き合いではヤークを抑える事はマスコには難しかったが、この天界ではそのハンデは有利にならず、しっかりヤークを抑えていた。
「気持ちは分かるが落ち着いて! ちょ、コラ、ヤーク! 先輩に対してなんだその抵抗は!」
マスコは、ぜえ、ぜえ、と息を上げながらも、なんとかヤークを説得する。
「あのな、ヤーク! 俺たちが担当する現世の人間は、出産と同時に決まる。君が安藤圭吾の担当になってから、26年、1秒も欠かさずに彼のことをずっと見てきて、応援していたのはもちろん知っている。だがな、その安藤圭吾の大切な人達の命を奪った、憎き犯人である、和同勝也も、生まれてから30年、ずっと、見てきた担当天界人もいるのだ!」
そう叫ぶ、マスコの声にヤークもようやく抵抗を止める。
「……この様な結末をその天界人も望んでいるわけないだろう! 最期には自殺をしてしまっている。和同勝也にも、この現世での、色んな苦しみがあったんだと思う。この混沌とし、矛盾に満ちたこの現世で……」
ほんの一瞬、ヤークの動きが止まった。マスコは続ける。
「この人間達、一人一人の与えられた試練を見届けるのが我々の職務の一つだ。だから、ヤーク。人間というのは、ちょっとのキッカケで、良い方にも悪い方にも転換する生き物だ。人という、些細な行動と、認識で、敵か仲間か判断する、孤独な生き物だ」
ヤークは、マスコの目を睨む。
「なにが言いたいんだ、マスコ」
マスコは、目くじらも立てているヤークに、力強く説得するように見つめる。
「今回は、本当に気の毒に思う。些細なズレが、折悪く重なって、今回、最悪な結果を招いてしまっている」
「些細な…ズレ?」
「殺意にまで至たった経緯は、分からないが、こういう事件は、様々な要因がある。最早もう……、運が悪かったしか言えない。いいか。天界人の担当なら、こういう、人間の不条理なんてよくあることなんだ。地球というカゴで生きる、そして、寿命があり、滅びる定めがある肉体を持つ人間達の一生というのは、なにがあるか分からないんだ」
「…………」
「……幸いにも、安藤圭吾は、まだ生きている。……担当者なら、しっかり彼を見守るんだ。天界人らしくな」
マスコは、ヤークの怒りが、収まったのを悟ったか、彼から手を放して、最期の肩をポンと叩くと踵を返した。
そして、遠い雲の果てにマスコは消えた。
ヤークは、突発的に憎悪は、静かになったが、それでも、
「私達天界人が出来るのは、見守る事しか出来ないのか? 本当にそれでいいのか」
と、呟くのであった。
そして、
「――言いわけない」
と、考える仕草を見せた後。ヤークは、顔を上げて、雲の彼方へ飛んでいった。
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