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第9話 過去へ


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気がつくと俺はベッドの上で横たわっていた。

「あれ?」

 なんだかおかしな経験をした。ヤークとかいうやつが、突然現れて、そして、なんか光みたいなのを出して俺を包み込んでいた。

 それで今は俺はベッドにいる。

 そうかあれは夢だったのか。

 夢ならば、あの現象すべてに納得がいく。

「んだよ、全く」

 過去に戻る、か。

 戻れんだったら戻りたいよ。

 ……でも妙な夢だった。こんなになんていうか体の五感全てがはっきりと覚えているなんて初めての経験だ。

 本当に夢だったのか………

 と、俺は、ぼーっと天井を見ていたがある不自然な点に気づいた。

「あれ? ここって……」

 俺は上体をバッと、起こした。

「てか、寒っ」

 まず、肌寒い事に気付いた。――おかしいな。五月になって大分気温も上がってきた筈なのに。

 肌を擦りながら辺りを見渡す。――黒い長机に、青いゲーミングチェア。

 すぐ近くには34インチの大きめのテレビに、茶色いテレビ台。その中にはプレイステーションのゲーム。

 間取りが4・5畳しかない部屋の1K。

 ……懐かしい。

 まず、俺はそう思ったが、次の瞬間、恐怖が襲ってきた。

「なんで……俺はここに……?」

 高校卒業と同時に俺は一人暮らしを始めた。――その記念すべき最初に借りた物件こそ、今、俺がここにいる場所だった。

 つまり、昔住んでいた筈の部屋に、俺は今いる。

 解約もとっくの昔に住んでいた筈なのに、部屋の家具の位置も、忠実にそのままだった。

「ど、どうなっている……?」

 すると、俺はテレビの横に置いてある、立ち鏡を見た。

 大学で絶対彼女を作ってやろうと、決意の証しとして、常にお洒落に気を遣っていこうと買った、異常にデカイ鏡。

 相場がわからずに、取り敢えず、値段が高いのを選んだ結果、予想以上にデカくて、キッチンやトイレがある方のドア付近にしか置けず、ドアが開けづらい障害を対価に背負ってしまったあの鏡。

 だが、今はそんな失敗談はどうでもいい。

 問題は、そのデカイ立ち鏡に映っている自分の姿だった。

 俺は思わずベッドの上から立ち上がり、鏡に近づいて自分の姿をくまなく上から下まで見た。

「あれ……、ちょ、ちょっと待て……。なんか俺……若くね……?」

 変な冷や汗がかいてきたし、変な笑みも出てきた。てか、恐怖のあまり、笑うしかなかった。

 ふと、メール着信音が鳴った。

 机の上に置いてある……ガラケーだった。

「これ俺が大学時代の時に使っていたガラパゴスケータイ……」

 中学、高校と、何台かガラケーは機種変してきたが、この、今、机の上にある黒い折りたたみ式のガラケーはよく印象に残っている。

 俺はこのガラケーを最後に翌年スマートフォンに変えたからだ。

 着信音はメールだった。この独特な音を懐かしい。

 画面をパカッと開くと、これまた、懐かしい海の背景と、今日の日付と時間が表示されていた。

 時刻は、18:03
 
 日付は、なんと、六年前の数字が現れていた。

(――過去に戻す)

 あのヤークの言葉の意味が分かった。

 しかし、過去って、どんだけ遡ってるんだよ。

 俺はてっきり、あの和同勝也が響子と真波を襲う少し前だと思ったが。

 と、その時だ。

 俺のガラケーからまた着信音が鳴る。

「今度は電話だ」

 差出人は、『バイト』だった。

 俺は、反射的に応答ボタンを押した。

「もしもしぃ……」

『お疲れ様です。柿本です』

 柿本さん! 久々に声を聞いたな。

 柿本さんとは、俺が昔働いていたバイト先のチーフだ。30代独身で、ショートカットが似合うテキパキした人だが、鉄仮面の様に表情をあまり変えずに、淡々と言葉を話す人だ。

「お久しぶりです! 柿本さん!」

『は? 安藤君とは昨日会いましたが』

 やっべ。俺、タイムスリップしてるんだっけ。完全に口滑らしたわ。

「あ、いや。そう…でしたね!」

 てか、俺ほんとにタイムスリップしてんのか。あのヤークってやつもいないし。この状況誰か説明してくれよ。

 それにしても柿本さんなんか若干怒ってないか?

『安藤君』

「は、はい」

『今日18時からシフト入っていた筈だけど?』

「…………」

 俺は、机の上にあるノートパソコンを開いた。そして曜日を確認する。

 月曜日。

 そういえば俺は土、日、月、火の固定でシフトを組んできた。

 しかも、必ず全部18時出勤。

 俺は、ガラケーに表示されてる時刻が18時を既に回っていたことを思い出した。
 
 完全に遅刻じゃねえか!

「す、すみません! すぐに向かいます」

『――早くして下さいね。』

 電話はそこで切れた。

 まずい……。柿本さん、遅刻と身だしなみと言葉使いに厳しい人だ。淡々と言っているが、明らかに怒っている。4年も一緒に仕事してるんだから骨身に染みている。

 俺は急いで身支度を整えた。

「あーもう! 鍵はどこだ鍵は!」

 昔住んでいた家とはいえ、まるで赤の他人の家の様に見える。自分が常日頃からどこに何を置いていたかよくわからない。6年と言う歳月は恐ろしいものだ。

「よし、あった!」

 俺は入り口へ急ぐも、あのデカイ立ち鏡が邪魔をしてくれた。

「ああ、も、邪魔だなっ」

 自分が設置したとはいえよ!舌打ちをしながら俺は鏡を避けて、玄関のドアを開けて、鍵を閉めた。

 バイト先までは、確かダッシュで15分あればつく。

 早くしないと、確か18時からは、人がめちゃくちゃ混むだから、早く行かなければ。

 と、俺は謎の義務感と使命感のまま、久しぶりにバイト先へ向かった。

 ――てか、なんで俺こんな事しているんだ……。



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