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第3話 この男をよく知っている


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「あ、あの! このマンションには妻と嫁が部屋にいるはずですが2人は?」

 震える声で俺はそう尋ねた。

 警察官はすぐに、

「お2人はいます。お話があるので警察署までお越しいただいてもよろしいでしょうか」

 と答えた。

 俺は、わかりました、と返事をした後すぐに、他の警察官に案内されてパトカーに乗り込んだ。

 俺の内心は良かったとほっとしていた。

 経緯はわからないが2人はどうやら警察署で保護されてるみたいだ。

 しかしこんな偶然があるんだな。うちのマンションで殺人事件が起きるなんて。いや詳しい詳細はまだ全然わかんないんだけど3人のも人が殺されたなんてよ。

 今後気をつけないとなぁ。戸締りとか。響子ともその辺もちゃんと相談してみよう。

 俺は今人生初のパトカーの送迎の中で、そんな防犯対策の事ばかりだけを考えていた。世田谷警察署に着いたとき、スマホの時刻を見たら既に深夜0時を過ぎていた。

 俺の会社は平日朝9時出勤だから徒歩20分で行ける距離なので、7時半に起きて8時30分とかに家を出れば間に合う。

 明日も当然出勤なのでひょっとしたら家に帰れるのは夜中の1時過ぎかな。てゆうか家に今日は帰れんのかなあ。

 と、少し体力的な面で不安を覚えるも俺はとにかく今すぐに響子と真波に会いたかった。

 どうでもいい睡眠時間なんて。

 早く会いたい。

 警察官の後についていって所の奥までいく。――すると、俺はなぜか狭い取り調べ室に案内された。

 室内には妻と子はいなかった。

 案内した警察官は俺に椅子に座るように催促した。訝りながらも俺は椅子に座った。

 その警察官はしばしお待ちくださいと俺に伝えると部屋を出て行った。そしてしばらくして、私服を着た1人の男性が取調室に入ってきた。

「はじめまして私世田谷警察署の刑事課に所属したいる松平と言います」

 その松平と名乗る人は、俺に警察手帳を見せてくれた。先ほどの警察官と違ってこの人は私服だった。

「はああ、どうも」

 と俺は二つ返事したあと、

「妻と娘はここにはいないのですか? 違う部屋にいるのでしょうか。僕あの自分のマンションで起きた事件のことを知ったのはついさっきのことであまり話せる内容はありませんが……」

 俺はてっきり事情聴取を受けてるんだと思っていた。ド近所で起きた事件という状況なので、近隣の人間に何が聞くのは当然だろうし。

 しかし、刑事の口から飛び出したのは、信じられない一言だった。

「大変申し訳にくいのですが、あなたが住んでいる部屋番号409号室で3人の遺体が発見されました」

 俺は一瞬頭の中が真っ白になった。

「409号室で……、ですか」

「はい」

 俺の住んでいる部屋で3人の遺体?
 
 なんでなんでそんなことになるんだ。409号室?

 ほんとに本当なのか。

 俺は何度も、何度も、本当に409号室で起きたのか重ねて刑事に聞いたが刑事は首肯するだけだった。

 409号室、409号室、409号室。
 
 俺はただひたすら自分の部屋番号の記憶だけを辿っていた。そもそも本当に俺の部屋は409号室だったか。自分の記憶を俺はひたすら疑っていた。410号室だったかもしれない、もしくは309号室209号室だったかもしれない。とにかく、何かの間違いであって欲しいと俺は現実を逃避していた。。

 でも住んで2年目のマンション。契約更新も最近したばかりだ。自分の部屋番号等間違えるはずがない。

 嘘だろう? ほんとに、ほんとに……俺の部屋の中で、し、死体が? 俺の部屋で?

 刑事である松平は懐から3枚の写真を裏向きのまま俺の前で並べた。

 嘘だろ。

「そこで、今回発見された3人の遺体の身元を確認のため……」

 やめろよ。

「お顔の確認をお願いいただきたい」

 ふざけんなよ。

「ぶ、無事って、言ったじゃないですか。言ったじゃないですかぁっ!」

 俺はとめどなく溢れる涙と嗚咽を抑えることができなくなっていた。

 そして半ばパニック状態のまま叫び、机に顔を伏せて、大声で泣いた。

「申し訳ない」と言う刑事の声は俺の声でかき消されていった。

 刑事はその後も、何度と、俺に写真を見るようにとお願いをしていたが、俺は顔を上げる事が出来なかった。

 響子からの連絡は未だに無い。既読も付かない。

 きっとこの連絡が返ってくる事は無いのだろう。

 でも俺はそんな最悪の現実を認めたくなかった。認めるわけにはいかなかった。

 刑事の松平さんは、

「家には仮眠室がありますからそこでいちど寝てお休みになりますか?」

や、

「警察のルールでおごることができませんがコンビニや出前などは我々が代理で頼むことができますが何か食事はとられますか?」

 など聞いてきたが俺はうんともすんとも答えなかった。答える気力もなかった。眠くもないし腹も減っていない。

 ただ俺は現実を直視するのを避けていただけだった。

 何かの間違いであってくれそれだけをずっと願っていただけだった。

 やがて刑事さんは取り調べ室から出て行って、俺は1人この狭い空間に取り残されていった。

それから今1人。ただ後悔と自責の念に頭を痛めている。そんな中でも、不思議と思い返されるのは響子と娘との楽しい日々だった。

 全然女にモテなかった俺がバイト先で1番人気の響子に告白してオーケーをもらって付き合ったときのこと、

 2年の交際を経て、プロポーズを決意し、インターネットや知人の情報を収集し、結婚指輪の相場を調べ、実際に買いに行こうとお店行ったときに、ものすごく響子に似合いそうな指輪を見つけて、30万の予算を8万オーバーして買って、ベタにみなとみらいの海沿いで心臓バクバクにしながら指輪を渡した時に、泣いて喜んでくれた響子の顔。

 すぐに妊娠し、小さい女の子を手に抱いた時に何か大きな責任を感じた。

 真波と出会ってから、父親としての自覚を痛感した。

 真波はミニーちゃんが好きだったから、よくディズニーランドに連れて行った。

 あの愛しい笑顔が、今、心の中で浮かんでいる。

 小鳥のさえずりが聞こえた時、俺はようやく頭を起こした。取調室の窓を見ると、俺の感情とは裏腹に爽やかな青空が見え、綺麗な日差しが、机に裏向きで置かれている三枚の写真を照らしていた。

 ……めくろう。

  俺はその瞬間ようやくその決意をすることができた。

 裏向きになっている写真の左、真ん中と順にめくる。

  そして、

 枯れた筈の涙がまた溢れた。

 どうして、どうして俺の大事な人たちがこんな目に……

 写真に写っているのは間違いなく響子と真波だった。

 めくった写真に写っている、愛する家族の変わり果てた姿に、俺の頭は鈍器に殴られたようなガンガンと辛い痛みが走った。

 響子は色白の美人だった。まなみのそんな京子の似た雪のような肌だった。

 そんな2人の肌がこの写真では、血の気がなく、青かった。

 目は閉じてるが、寝ているようには見えない。その表情からは生気は感じられなかった。

 刺殺されたとニュースでは流れていたが、この写真を見る限りは傷口は確認できなかった。写真は首下から顔だけのいわゆる顔写真のようなものだったので、おそらくそれ以外のところはどこかを刺されたんだろう。

 そう考えると胸が張り裂けそうで、身体がズキズキと痛くなった。

「誰だ……、誰がこんな事を……」

 こんな酷い事をした犯人への怒りが、ふつふつとこみ上げてきた。

 今ここで包丁があり犯人がいるとしたら俺はきっとそいつを八つ裂きにするだろう。
なんもためらいもなく。

 人に対してこれほど強い憎しみをこの瞬間ほど抱いた事はなかった。

 彼女たちを殺した犯人のことも気になったが、もう1つ気がかりなこともあった。

 それは最後の1枚にある3人めの遺体の事だった。

 ――誰だ? この死んだ三人目の遺体っていうのは。

 俺は最後に残された写真をめくる。

「え……?」

 思わず俺はそう口からこぼした。

写真に写っていたのは若い男性だった。この者も見たら死体なのは人目でもわかる。ただ彼にだけには、首元がタオルで覆われていた。

「なんで……こいつが?」

 俺はその男の写真を見た瞬間から何か得体の知れない恐怖を覚えた。

 俺はこの男をよく知っている。

 名前は、和同勝也。

 響子の元カレだった男だ。


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