「いやー今日も残業だ」
4時間ぶっ続けで今月末までにまとめないといけないレポートをパソコンに打ち込んで、作成した俺は、ぐったりと顔を天井にあげた。
「おう、安藤。終わったか?」
こう言ってきたのは俺と同期の三島で、疲れた目をしていた。
「あと、ざっと……10ページ?」
「おいおい……終電間ギリギリじゃねえかよ」
三島は諦めたように肩を落とした。
「大変だなぁ電車通勤は」
「お前はいいよなぁ。徒歩20分で行ける距離なんだろう」
「余裕だよ」
「あー残業終わりの帰り道が一番嫌なんだよなぁ。帰っても、全く寝れねーしよ。コンビニ行くのめんどくさいしなぁ。おまけに明日も9時出勤……」
三島はだんだんパソコンの前でうなだれていた。
「はは」
「その分お前はいいよなぁ。奥さんがいて。飯も作って待ってくれてるんだろう?」
「ま、ホント助かってるわ。でも別に奥さんは飯炊きの当番って訳じゃないぞ」
「わかってるって。そういう意味じゃないが、俺も独身生活が長いなぁって思ってたら悲しくなってきちゃってよ」
「そうか」
「娘さんはもう何歳になるの?」
「今年でももう2歳」
「もうそんな歳になったか。時の流れは早いもんだね」
「おう。俺の可愛い可愛い娘の真波ちゃんもだいぶ言葉をしゃべるなってきたんだぜ」
俺は三島の返事を得る前にポケットに入っているスマホを取り出してトップ画に載せている愛娘の写真をこれ見よがしに見せた。
「どうだ。ほれ、どうだ」
「相変わらずかわいいねー真波ちゃん」
三島は苦笑しながらも真波の写真を見てうれしそうに目尻を下げた。さすが俺の娘。疲れ目だった同僚の顔に生気を与えてくれている!
「ほらみろよN○Kの子供番組でやっている歌をこんなにしゃべるようになった動画もあるんだぜ。ほらほら
なんだよー、と、文句と言いながらも三島は、俺のスマホを見る。
『あーいーうーえーおーきーりー♪』
と、動画では、テレビで流れている歌を娘が真似をして口ずさんでいる。
「はは! かわいいなぁ。これ何の歌?」
「これは『あいうえおおにぎり』って言う歌だ。すげーだろ! まだ口足らずだけど、そこがまたたまらないんだよ!」
「確かにな」
うん、三島の顔が一気に生き返っている。
こいつ、なんだかんだ俺の娘ファンだからなぁ。やっぱすごいな、俺の娘は。
「よかったな。娘さんが奥さん似で」
と、三島は皮肉めいた言葉を口走ったが、俺は激しく首肯して、
「ほんとだよほんとによかったよー」と笑ってみせた。
娘の動画の続きには俺の奥さんである、響子が映っていた。セミロングの黒髪で顔は小さく足も長い。俺はわりかしモデルさんとしても活躍できるんじゃないかと密かに思っている位スタイルが良いと思っている。
惚気みたいだけど断言しよう。うちの奥さんはかなりの美人だ。これはもちろん俺もそうだが、この三島も含めた周りの人達に奥さんの写真を見せるとみんな決まってきれいだねぇって言ってくれているから間違いない。てか、俺それを分かって色んな人に見せまくっている。
「しかしお前こんなかわいい人とよく結婚できたもんだなぁ」
「ハハハまぁね」
きっと俺の顔はどや顔していたに違いない。現に三島も若干イラっとしたようで舌打ちをした。
「あー俺も早く独身生活から抜けたいぜ」
「がんばりたまえ」
我ながら偉そうな態度だと思ったが、悪い気はしなかった。家族の話をしていたら次第に元気が出てきた。三島は奥さんのくだりで元気を奪ってしまった感があるが。まあ、とにかく俺は気合を入れ直した。
よし! あと10ページ! 締め切ら終わらして愛する家族の元へ一刻も早く帰るんだ!
心の中でハチマキを締めた。そして俺は定時過ぎ直後に奥さんに送ったラインの返事の確認をした。
『今日は残業。しかも結構長くなる0時過ぎると思うから先にまなみと一緒に寝てていいからね(^o^)』
送信時間は17:05
現在は21時を過ぎている。この時点でも返信はおろか既読もつかないことが少し気になった。
おかしいなぁ。いつもだったらすぐ返信してくれるのに。残業なんて毎度してることだから別に怒るようなことでもないしなぁ。
「ちょっと一回離れるな。すぐ戻るから」
俺はそう三島に伝えた後、外で奥さんにライン通話をした。
しかしその電話は繋がらなかった。
ん? でないなぁ。
仕方なく、通話を切った。そして、俺はラインのテキストを開く。
――やはり、既読はない。
この時、俺は何故か、微かに胸騒ぎを覚えていたのであったが、仕事に戻った。
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